【月夜水の詩】管理人夜子の、清水玲子作品世界全般+『秘密』ファンブログ
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【『秘密』の中に眠るもの。~過去作品とのつながり~】
を、シリーズで書いていきたいと思います。


『もうひとつの神話』
『月の子-MOON CHILD-』のネタばれを多々含みます。



2005年春、『季刊コミッカーズ』のインタビューで、
清水先生はこう語っています。

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【繰り返し描かれるテーマ】

――親子関係、環境問題、疎外されて認められない人達が
いかに認められていくか。
清水さんが今まで色々な作品で繰り返し描かれたテーマも
(『輝夜姫』には)入っていますね。

好きなテーマというか、好きな設定、好きな訴えたいことは、
どうしてもかぶりますね。同じ人間が書いているわけですから。
昔からたまに言われるんですけれど、私の場合
「試される愛」というのが多いみたいです。
例えば相手が違う人になっているのに気がつくかとか、
もう一度ちゃんとその人を見つけられるか、愛せるかとか、
そういうのを描きたがる節があるんですね。
とはいえ、違った描き方、違った設定で描くと、
違った訴え方になってくると思います。

(『季刊コミッカーズ』2005年春号 清水玲子インタビューより引用)
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その言葉の中には、表面の言葉だけではわからない、
深い意味が含まれていると思うんです。




清水作品を好きな思いは、どんどん上書きされているから、
私の昔の感想は、はっきりとはもうわからないけれど。


2003年2月、清水先生の初期の短編『もうひとつの神話』について、
【月夜水の詩】サイトに以前私はこう書いています。

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イヴは本当に何も知らなかったのか?
もしかしたら幸せなフリをして生き続けてるんじゃないのか?
ずっとそう思い続けていた。
でも、「秘密2001」を読んだ今なら思う。
知らないこと自体、元のロボットの夫と人間の男の
区別がつかないそのこと自体、とても悲しいことなんじゃないか。
(中略)ロボットたちは、とても残酷なんじゃないか、と。

 (【月夜水の詩】サイトの【自己犠牲と死と残された者】より。
 私の考察を引用/2003年2月)
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ずっと前、『もうひとつの神話』は、自己犠牲を美しいもの、
切ないものと、描かれているように思えました。

ロボットが、たったひとりの人間のために存在し、
犠牲になるんだけれど。


でも今、『秘密』を読んだあと、『もうひとつの神話』を読んだら。
『秘密』を読む前とは違う残酷さも感じると思う。


イヴは仕組まれた人生を歩むしかなかったのかもしれない。
見知らぬ一人の人間と2人きりで残されて、
果たしてそれが本当に、彼女にとっての幸せなのだろうか?と思います。

あれはやっぱり、もしかしたら、「幸せ」ではなく、
「幸せなフリ」なのかもしれない。
もう居ない人の思いにこたえるには、
それしかなかったのかもしれない、と。



そして、私が大好きで大好きな『月の子』。


『月の子』のセツが、自分が居るとティルトは
守るべきベンジャミンを守ろうとしないからと、
治療を拒み、体力が落ち、病死したこと。

ティルトが、魔女と契約し、セツを生き返らせて、
自分を、そしてセツ以外のものを、
破滅に追い込んだこと。


これも、自己犠牲の変形だった。


セツは生きるべきだった。ティルトを独り残して、絶望の未来に堕とさず。
ティルトがセツを生き返らせたのは、本当にセツのためなのか?
もし真実を知って、セツはそれでも、
全てを受け入れることが出来るのか?

それは、私がサイト開設以前から感じていた、『月の子』のテーマ。


そして、『輝夜姫』にも、様々な自己犠牲の問いかけ、
自己犠牲の変則型が、あった。


少しずつ、テーマの「質」が変わってきているんですね。



そして、究極の『秘密』。
鈴木を殺し、その罪を抱えながら、
「第九」を守ろうとする、薪。


「第九シリーズ」第1話の最初から、いきなり鈴木の話で始まったのは、
きっと、今まで清水先生自身が、作品を描きながら、
厳しい目で自分の作品と向き合ったからだと思うのです。
そういう作品があった「過去」があるから、『秘密』はブレない。


薪さんは。
鈴木の自己犠牲で、めちゃくちゃ苦しんでいるから。
それは、いままでの作品と、違う描き方。
前もあったかもしれないれど、こんなにもまっすぐには
描いていなかった気がするのです。


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「ふり返ってみると、「22XX」を書かなかったら
「輝夜姫」は描いていなかった。
「輝夜姫」を描いていなかったら、
「秘密」シリーズは描いていなかった・・・・・・と思います。
自分の中では(「22XX」は)分岐点となった作品だと思います。」

(文庫版『22XX』のあとがきより引用/2001年)
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それまでの私のSFファンタジーの集大成が「月の子」だとしたら、
その後突然、今描いている「秘密」が描けたのではなく、
あの長い物語をこねくりまわして試行錯誤しているような
「輝夜姫」があったからこそ「秘密」のようなものが
描けるようになったんだと思います。

(文庫版『輝夜姫』14巻 清水玲子ロングインタビューより引用/2008年)
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清水先生の中で、同じようなシチュエーションでありながら、
問いかけも、読者の受け取る答も、軌道を変えながら、
深く深く、なっているのだ。

ふつうこういうケースの場合、同じことをなぞるとか、
繰り返しになることが多いけど、それとは全然違う。
食材が似ていても、料理や味付けが、どんどん
変わっていくみたいですね。
作家によっては、同じような料理を出すばかりの方も多いでしょうが。



過去も、今も、大事。私には、そう感じるのです。
清水作品は、進化と深化を、繰り返しているのだろう。


『秘密』はきっと、過去が、今までがあるから、
描いている作品なのだ。
だからこそ、名実ともに、清水先生の「最高傑作」なのだと。




先日、私は、【月夜水の詩】サイトのレビューで、こう書きました。

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ずっと清水作品を追いかけてきた私にとって、
『秘密』は、『秘密』単独でも面白いんだけど、
それと同時に、『秘密』は、過去作品のテーマの答え、
あるいは過去作品のテーマの続きなんです。
「JACK&ELENA」の続きでもあるし、
『月の子』の続きでもあるし、過去の短編の続きでもあるし。
ずっと追い続けてきたテーマを、また別の形で、
今味わうことが出来る。それがとても、うれしい。
しかも。「昔と同じ」ではなく、さらに深みを増して。

(【月夜水の詩】サイトの
 【『秘密』の中に眠るもの。~過去作品とのつながり~】より。
 私の考察を引用/2009年6月)
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その理由を、これから書いていけたらいいなと思います。


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2009.07.24 (Fri) 07:31
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